「メタンハイドレート商業化は無理」の声が噴出 資源大国という壮大な幻

「思ったより出る。想定したよりも出ている!」。昨年3月、海底のメタンハイドレートから取り出したメタンガスが船上から赤々と燃え、茂木敏充・経産相がそう無邪気に喜ぶ姿がテレビに大きく映し出された。

 

 映像は、経産省所管の独立行政法人、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が、2年の準備期間を経て愛知県沖で実施した海洋産出試験の様子だ。

 

「大成功だった」と当初は報じられた試験。しかし、その後の開発検討会で明らかになったのは、これ以後、太平洋側メタンハイドレートの開発が暗礁に乗り上げた現実だった。当初計画では2週間連続での生産を予定していたが、わずか6日で打ち切りとなった。原因となったのは、坑井内の設備に砂が詰まって動かなくなるトラブルだった。

 

第1回海洋産出試験2013


 海底資源開発に詳しい複数の関係者が口をそろえる。「砂の問題は起こるべくして起こった。JOGMECが信じてきた生産手法はやはり、根本的に誤っていたのだ」。

 

 メタンハイドレートからガスを取り出す手法で最も有効だとみられてきたのが「減圧法」(左図)だ。メタンガスと水とが高圧・低温の条件下で結合して固体になったものがメタンハイドレート。ならば海底下で圧力を下げれば、ガスは分離して地上に向かって浮いてくる。減圧法はそうした理屈を適用している。

 

 だが、ある資源開発企業の社員は首をかしげる。「地中で圧力を下げてガスを取り出せば、その周辺部との圧力差が生じるため地層内で崩壊が起こり砂が交じるのは、この業界では常識だ。しかしその対策が不十分だったため、国は100億円以上投じてムダな実験をしてしまった」。

 

 海底資源を研究するある大学教授も手厳しい。「減圧法の問題点は、ずっと前から国の審議会で指摘されてきたもの。あの試験では、やはり無理なことがわかっただけだ」。

 

 経産省は当初、今年中にも2回目の海洋産出試験を行う予定だった。だが生産手法の欠陥が浮き彫りになったことで「なぜ砂が入ってきてしまうのか、さらなる原因分析と技術課題克服に時間を要する」(JOGMEC石油開発技術本部の中塚善博氏)と、延期を決めた。

延期を繰り返すメタハイの開発計画

地球深部探査船「ちきゅう」
地球深部探査船「ちきゅう」

 計画を設定するもうまくゆかず、先送りする──。これは幾度となくあった光景だ。

 

 最初に経産省がメタンハイドレートの開発計画を打ち立てたのは2001年。そのときは16年を商業化に向けたメドとしていた。それが「海洋基本計画」が始まった08年には「今後10年以内(18年まで)に商業化」となり、13年4月には「昨年時点の状況を踏まえて再検討を行った結果」(資源エネルギー庁)さらに引き延ばされ、現在は「平成30年代後半まで」、つまり向こう13年までに商業化を目指すとしている。

 

「残念ながらこの目標すら楽観的だろう」と、エネルギーとコストに詳しい産業技術総合研究所の大久保泰邦氏は言う。「どのくらい回収できるかわからないし、回収技術のメドも立っていない。商業的に意味のある埋蔵量としてはいまだゼロだからだ」。

 

 資源開発の世界では「資源量」と「埋蔵量」とを明確に区別する。資源量とは、単に物理的に存在する量を指す。埋蔵量は、資源量の中で実際にビジネスとして成立する量を指す。「日本で使用する天然ガスの100年分以上がある」という通説は、あくまで資源量の推計だ。

 

 12年、経産省が国の指針に基づき、プロジェクト継続の妥当性を外部有識者を招いて審議する、中間評価が行われた。この報告書には評価委員からの辛辣な言葉が並ぶ。「現時点ではまったく事業化の見通しが立っていない」「原点に立ち戻り再検討する必要もある」。経産省側が最低46円/立方メートルと、今のLNG(液化天然ガス)価格に近い生産原価の推計を公表し現実性を訴えても「このようなコスト数値を出せる段階ではない」と根拠の弱さを突っ込まれる始末。結果として経済性に対する評点は3点満点中1.29点。1点以下は「不可」なので落第寸前の「可」だった。

 

 資源として根本的に割に合わないという声も上がる。資源の有用性を判断する指標にEPR(エネルギー収支比)がある。EPRは採取したエネルギーと、採取に要したエネルギーとの比のこと。1を割り込めば割に合わないことになるが、資源開発工学を専門とする石井吉徳・東大名誉教授は「メタンハイドレートのEPRは1以下だ」と断言する。「穴を掘れば自噴する天然ガスのように濃縮されてはおらず、ただ海底下に薄く広く存在する。減圧・加温などで採取に要するエネルギーも大きい」。

 

 当のJOGMECは、EPRについて「公式的な算定値がないため何も言えない」と答えるのみだ。

 

 運営側の本音を探っても、懐疑論が聞かれる。JOGMECからの委託で上述の愛知県沖の海洋産出試験で運営を担った石油資源開発の元役員が語る。「メタンハイドレートの商業化は、今の1バレル=100ドル台の原油価格では絶対に無理。遠い将来、石油資源が枯渇して油価がさらに上がったとき、もしかしたら商業化できるかもしれない、という時間軸のものと理解してほしい」。

 

 石油資源開発の首脳もメタンハイドレートの実用化には懐疑的との情報が漏れ伝わる。平成30年代後半の商業化という国の方針について、「立場上オフィシャルには言えないが、難しいとの認識」と複数の関係者は証言する。

 

 海底熱水鉱床はどうか。海底資源開発に携わる企業に尋ねると、技術的な壁は低そうだ。「メタンハイドレートは生産技術を一から開発しているが、海底熱水鉱床は採掘・揚鉱(引き上げること)などに陸上の鉱山技術が応用しやすい」(三井海洋開発の中村拓樹事業開発部長)。

 

 実際、ビジネスになると見込んで開発に乗り出すベンチャー企業が海外には複数存在する。

 

 著名なのはカナダに本社を置くノーチラス・ミネラルズ社だ。パプアニューギニア沖に保有する海底熱水鉱床権益「ソルワラ1」の開発計画を進めている。

 

 権益の分配をめぐるパプアニューギニア政府との交渉に時間を要してきたが「現地政府との協議はようやく決着した。年内にも採掘用の船を発注する」と同社のマイク・ジョンストンCEOは熱を込める。商業採掘は17年ごろになる見通しだという。

 

 1997年の設立後、費用が先行し経営は苦しい状況が続いてきた。だが英アングロアメリカン社やロシアのメタロインベスト社など出資者には資源メジャーが名を連ね、資金繰りを支えてきた。実際に投資が集まる背景に、ソルワラ1の品位(有用鉱物の含有率)が挙げられる。

 

 海底熱水鉱床の鉱物のうち、経済的に重要性が高いのは銅と金だ。この点、ソルワラ1の銅品位は8.1%。枯渇が進む陸上での銅鉱山の平均的な品位は0.6%程度のため、驚異的な数値といえる。「だから陸上より採掘コストが低く採算が取れる。これがもし2%だったらできない」(ジョンストンCEO)。

 

 ひるがえって、日本の海底熱水鉱床の品位を、ソルワラ1と比較してみよう(右表中段)。現時点でJOGMECが品位を明らかにしているのは沖縄海域と伊豆・小笠原海域の2地点だが、銅品位の低さは一目瞭然だ。ノーチラス社の探査開発担当役員のジョナサン・ロウ氏はこう評価する。「伊豆・小笠原海域は銅は少ないが、亜鉛と金が多く含まれており採掘価値はある。しかし沖縄海域は、銅の含有率が低すぎて、これでは儲けがでない」。

 

 品位だけではなく鉱量の問題もある。日本近海で発見された鉱量は、商業化するにはあまりに少ない。

 

 JOGMECによれば、海底熱水鉱床生産が商業的に成り立つには最低でも2000万トンの埋蔵量が必要だと推計される。三井物産戦略研究所で海洋政策を担当する織田洋一氏はそれ以上必要と見る。「機材購入に400億円、償却20年と考えると、国際基準の鉱量計算で測定した埋蔵量が最低4000万トン必要だ」。

 

 08年に海底熱水鉱床の開発計画が始まってから5年経つ。が、現状で確認できたのは340万トンの資源量にすぎない。海底熱水鉱床も「平成30年代後半」の商業化を目標とするものの、あと13年で2000万トン近い埋蔵量が見つかるだろうか。

 

 

 それ以外にも、高い濃度で含まれるヒ素や水銀の処理をどうするか、深海底に生息する生物への悪影響はないかなど、課題は山積だ。「現実的には商業化はうまくいって平成50年以降になるのでは」。取材に対してJOGMECの辻本崇史理事はあっさりとそう答えた。